ごめんなさい、この稿が脱けておりました。
2011/11/22の赤方偏移の後に入稿予定でした。
可視光線を電磁波と認識してよいのか、天文物理に疎い自分にはわからない。
その決まりはあるのだろうが、自分にとってはあまり重要なことではない。
電磁波とか光とかの学問的認識よりも、原子の成り立ちや仕組み、すなわち電磁波や光の発生と運動の仕組みを、自分は素人なので知ろうと思っただけだ。
ただ電磁波と光は同種と思われがちだが、どうも出自が違ってるようだ。
それに光は電磁波に重畳して運動をしてる感じですね。
玄人筋から見れば、ヒンシュク物の内容ですが、自分にも色々事情があるのです。
まぁ~お互いの事情には疎いものです。
こんな世の中をお互いに折り合いをつけながら生活しているのでしょう。
でもこれは人間世界だけではなく、宇宙でも事情は同じかもしれませんよ。
宇宙の親である、重力、熱、その子である原子核、電子、その孫である、電磁波、光、等々。
それぞれの事情があるようで、親も子も孫も自分勝手な動きをしている感があります。
それでも親は絶対です。
子や孫は「三蔵法師の孫悟空」のようにお釈迦様の掌で動いているようなもんです。
その孫である光が絶対とは妙な論法のような気がします。
おいおい、人間社会と宇宙を一緒にするな、って。
しかし人間も突き詰めれば、素は重力と熱の塊です。
もぉー人間なんて熱と重力の申し子みたいなもんです。
ねっ、心当たりがあるでしょう。
というのも、宇宙を調べしていくと、光の速度なんて絶対に絶対じゃないんです。
重力が密であれば遅く、重力が疎であれば速い。
過去の光速度は遅く、未来の光速度は速い。
宇宙の規模と光の速度は比例関係にあると思われるので、絶対速度を比較しての意味で。
出自からして光は熱エネルギーなので、最後には宇宙空間で熱に変換吸収されてしまう。
「光」 と成り立ちも運動方法も違う「物質」を同じ運動方程式で表せるはずがない。
詳しくは調べてはいないが、光は流体力学で考察しないとわからないケースがあるはずだ。
例えば重力レンズ効果とかね。
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