2026年1月18日日曜日

デカルト。

重力は見えないし当たり前すぎるので、実存として認識するには発想の転換が必要である。

他方、

宇宙ビッグバンで熱から派生した物質は、実態として捉える事が出来る。

そして、

由来が宇宙外である熱本体は、眼に捉える事が出来ないが、物質に寄生する温度としての冷熱の差で知覚できる。

それでは、

宇宙で生まれた人間が、宇宙外由来の熱を知覚できるのは何故であろうか。

ここで、

デカルトの有名な言葉である「我思う故に我あり」を東洋哲学から考察してみよう。

結論から言えば、

この言葉こそ、人間を宇宙の仕組みから紐解いた至言であり、これが宇宙の本質なのです。

つまり、

「我あり」と認識できる身体は実在として捉える事が出来るが、「我思う」と言う精神や心は眼に捉える事が出来ない。

しかし、

精神や心というものが実在しないと、「身体を身体」と「自分を自分」として認識できないのです。

つまり、

精神や心は人間の眼に捉える事は出来ないが、「何か」として存在しているのです。

一方、

身体が存在しなければ、精神や心は生まれてこないのです。

これが、

宇宙の重力と熱の関係性である、共生と言う宇宙に埋め込まれた遺伝子なのです。

ここから、

人間が熱を温度として知覚できるのは、元をただせば重力量子が持つ引力と呼ばれる「力」なのです。

これを簡略に記せば、

熱が持つ重さを、電子の流れである熱放射という平衡性で脳に信号を送り、重力量子群が「力」で脳を働かせるのです。

この結果として、

脳が多くのエネルギーを消費し、考えると重力の引力作用で頭から汗が噴出する所以であり、

重力が熱をエネルギーとしている証明なのです。

すなわち、

「力」は眼には見えないが、実在するのです。

そして、

眼に見える「物質」と眼には見えない「力」の、いわゆる「二人羽織」の世界が「我思う故に我あり」なのです。

これは、

一般相対性理論と量子力学の関係性こそがデカルトの名言であり、宇宙の本質を見事に捉えているのです。

結論として、

重力の特性である引力作用と熱の特性である平衡作用が、宇宙の「くびき」となり物質世界を支配しているのです。




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