2026年1月18日日曜日

斥力。

前稿の斥力についての補足説明になるが、

斥力の部分を抜粋すると、

この斥力とは引力の事であるが、ベクトルが180度違う、つまり反対方向から「引く力」なのです。

反対方向から「引く力」とは、月の引力総量であるが、公転を生み出す「力」は地球の重さである。

ここから本題に、

引力の強さは逆2乗の法則、その引力の拡がる面積は順2乗の法則、この両法則の積が引力総量である。

地球を例に取れば、、

地表面積の引力総量と、地球上空の円周上の表面積の引力総量は、どの地点でも引力総量は同じである。

これを前提に考える、

ここで、斥力を蟻の一種族である「グンタイアリ」を例に考えてみる、

このアリは定まった巣を持たず、ジャングルを流離いながら集団生活する。

このアリが集団で移動する時に大きな障害物があれば、一部の群れが手足を絡ませ吊り橋を作る。

そして、

吊り橋を形成する一匹一匹は身を縮め重さに耐え、最終的には地面に接するアリ達に重さを受け渡す。

この様に、

重さに耐える時は、出来る限り身体を縮ませ「力」を一点に集めようとする。

この事は、

重力と云われる重力量子一個一個の縮む「力」と同じであり、アリ一匹一匹は身を縮ませ引き付けあう。

すなわち

空間を形成する重力とは、量子単位が縮む「力」で引っ張り合っているだけでなのです。

結論として、

引っ張られれば引っ張り返す、綱引きの関係が引力斥力の正体なのです。

ここから月の斥力とは、

地球と月の相対する面はお互いの引力で引き合い、相対する裏面側では空間と引き合っている。

つまり、

引っ張る相手がいないと綱引きは成立せず、引っ張りを引っ張り返す「力」が斥力なのです。

更に月の公転の原理を探ると、

月は地球と綱引きし、その真裏側では空間と綱引きをしている事になる。

月は地球の重さの一部を負担するが、負担した重さは月の裏側から空間を縮ませ外へ向かう。

この地球の重さがエネルギーとなり、

月の両側の縮んだ空間の差、即ち「力」の差が、月の横ズレ現象を引き起こし、公転運動となる。

地球も月の重さの一部を負担する事になるが、

地球の引力は潮汐を引き起こす程度だろう、しかし月が地球に大接近すると影響は皆無とは言えない筈だ。


月の自動航行システムを考察する。

Happy New Year

前稿で月が自動航行システムで地球の周りを公転すると記した。

この原理を考えてみる、

月が凡そ一定の距離と時間で公転しているので、力学的に見れば均衡を保っている事になる。

月は地球に比べて質量が少ない、

それを補う為に月は公転と言う手段を使い、地球空間を形成する重力を我が身に纏う必要がある。

つまり、

ニュートン力学で云う運動エネルギーであり、公転する事により質量を、いわゆる見かけ上の引力を増大させる。

ここで、

月の引力総量は、月本体の重さが生み出す引力+地球の重さ負担分+公転による運動エネルギーになる。

地球の重さ負担分とは、地球と月の距離を半径とする円周上において、月の表面積が受ける地球の重さである。

この事は、

宇宙における物質の重さが外へ向かう特性であり、即ち「宇宙の浮力」であり、物質が空間に浮ぶ理由である。

これが月が有する「力」であり、

地球との「力」関係では見掛け上対等であり、衝突や離散する事無くランデブー飛行をしているのです。

この均衡が崩れると衝突や離散が生じる。

即ち宇宙は引力の強さだけが物を云う世界であり、「力」の弱い者は「力」の強い者に引かれるのです。

例えば、

月の引力が少しでも弱まると、地球引力圏に存在する月は地球に引き寄せられてしまう。

反対に地球の引力が弱まれば、月は地球から離れてしまう。

これを現実の月の状況に当てはめると、

月と地球の距離が離れると、地球から受ける重さが減少する、即ち月の引力総量が減少する。

減少すると、

地球の引力で近付いてしまう反面、今度は地球から受ける重さが強まるので、引力総量は増大する。

引力総量が増大すると、今度は遠ざかる方向に「力」が働く。

これを相対的に見ると、

月の引力が強まると言う事は、見掛け上で地球の引力が弱まると言う事になる。

月の引力が弱まると言う事は、見掛け上で地球の引力が強まると言う事になる。

つまり、

月の引力が強まると、見掛け上で地球の引力が弱まり、月は遠ざかるのです。

遠ざかると、月が受ける地球の重さが減少し、月の引力が弱まる。

すると、

見かけ上で地球の引力が強まり、月は地球に近付くのです。

この繰り返しが自動航行システムなのです。

我々は、

引力が強まれば引き付けあって衝突すると考えてしまうが、実は斥力も強まるのです。

これは、

お互いの重さが、相対する裏面から、逆2乗と順2乗の法則で、空間を縮ませながら、宇宙外を目指す。

この斥力とは引力の事であるが、ベクトルが180度違う、つまり反対方向から「引く力」なのです。

反対方向から「引く力」とは、月の引力総量であるが、公転を生み出す「力」は地球の重さである。

地球の重さが、

相対する月の表裏面から引力と斥力になり、その引力斥力の差が「力」となり月を公転させているのです。

これを線上で捉えると、

←月の重さ←斥力*地球*引力→地球の重さ→←月の重さ←引力*月*斥力→地球の重さ→

この「力」関係上、月は公転しながら運動エネルギー、すなわち重力量子群を身に纏う必要があるのです。

但し、

地球も月も、太陽の引力圏にすっぽりと包まれているので、以上の様に単純ではないが。

そして、

人知れず、この巧妙な仕掛けを作っているのが「宇宙の場を形成」する重力量子群なのです。







過去に、水星は金星の衛星であったと言う仮説。


2012年も残り僅か、ここは独断に基づく初夢記事掲載を、お許し願いたい。

更新版・月の潮汐力その五」に記した月が地球の周囲を回る、いわゆる公転する理由とは何かの、焼き直し版です。

これは、

月の引力圏は地球の引力圏の中に存在しており、斥力を増やす為に地球の重力空間を公転する。

公転する理由は、

地球面に相対する正面から地球の質量の一部を負担するので、その分だけ質量が増える。

すると、

月中心部に集まる地球の質量増加分は、地球に相対する側とその月の裏側に引力となって表れる。

そして、

地球の重さは月の裏側から空間を逆2乗の法則で縮ませ、順2乗の法則で外へ外へと向かう。

これは、

月の正面側に引力、月の裏側に斥力、すなわち月は上下から引っ張りを受けるので、その差が推進力となる。

月にとって、

公転運動は、地球と付かず離れずの距離を保持できる、自動調整システムで航行する事になる。

この自動航行システムの原理の概略を記すと、

地球と距離が離れすぎると、地球の重さを負担分が減る、つまり引力斥力が減るので見かけ上ゆっくり公転する事になる。

近付きすぎると、この正反対の現象が起きる。

すなわち、

地球と月は、どの様な距離でも円周上を逆2乗の法則と順2乗の法則でバランスを保っているのです。

これは、

地表近くを飛ぶ飛行機、その上を飛ぶ宇宙船や人工衛星も同じであり、地表に落下しない為の重力の巧妙な仕掛けなのです。

人間はその巧妙な仕掛けを利用して、空間と燃料に存在する重力を使って飛行機を浮かせているのです。

話を元に戻すと、

地球と月は、太陽圏という場に存在しているので、太陽の秩序に従うしかないのである。

つまり、

月は地球から離れすぎると、太陽の引力に捕縛されてしまうのである。

そして、

太陽の軌道に巻き込まれると、自転しながら、水、金、「月」、地、火、木、土、・・となるのです。

月を廻る、

地球と太陽の争奪戦は、太陽が地球の自転を逆回転させながらも、月を強引に奪い取るのです。

それは金星が、

太陽圏の衛星集団とは逆周りの自転をしている様に・・

「御礼」

本年も、宇宙をシロウトするブログにお付き合い頂き誠にありがとうございました。

特に、

九名の皆様には勇気と元気を頂いております。

来る2013年も幸多き年であられる様お祈りし申し上げます。


「熱」の正体とは。

宇宙で生まれた我々には、由来が宇宙外である「熱」の全てを知る事は不可能であろう。

しかし、

宇宙内での「熱」の振舞いと本質は、ほぼ解明できると思う。

ここで、

宇宙外、宇宙外、と呼んではいるが、この宇宙も元を質せば宇宙外に位置するはずである。

宇宙の始まりとは、

宇宙外の重力と熱が織り成す「ゆらぎ」が「歪」となり、その「歪」が合従連衡して超巨大ブラックホールが誕生する。

これを鶏卵に例えると、

黄身の部分が「熱本体」で、白身の部分が「重力量子群」、いわゆるブラックホールであり、これが「宇宙の卵」なのです。

つまり、

宇宙最小の重力量子が「熱」を内包する形から、宇宙の始まりである「宇宙の卵」まで、超相似形なのです。

そして、

宇宙ビッグバンで、唯一つの生成物である水素原子も、中央に核が存在し電子雲が周囲を取り巻いている。

また、

太陽も太陽コロナ、地球も水や大気、生命も中央に核、そして人間社会も同じである。

これは、

場を担う者が有する秩序の証であり、すべて重力量子の引力作用が引き起こしている。

話を元に戻すと、

宇宙卵の形が、「熱と重力」の関係性を物語っており、ブラックホールと言う場に「熱」が存在しているのです。

いわゆる、

我々が「熱」と呼んでいるのは、重力量子に内包する「熱」であり、これを「熱」そのものと勘違いしているのです。

つまり、

「熱」は場が無ければ存在する事は出来ず、重力量子と言う場を借りて存在が成り立つのです。

ここから、

「熱」の本来の姿は、平衡を旨とする連続体であるが、存在する為には重力の仕切り通りにならざるを得ない。

すなわち、

熱エネルギーの真の姿は、重力量子の「力」そのものなのです。

そして、

「熱と重力」の本来の姿は、宇宙背景放射が物語る、極低温の黒体放射と言う「ゆらぎ」なのです。

宇宙ビッグバンで、

極限まで圧縮された「熱」が平衡作用で膨張する時、重力量子群が量子単位で「熱」を取り込み、引力作用で固めたものが水素原子核である。

つまり、

熱エネルギーとはこの可逆過程であり、押さえ込まれた「熱の開放」と、押さえ込んだ「重力の開放」なのです。

いわゆる、

燃焼力、原子からの熱放射である電磁気力、核力、すべて重力の特性である引力作用の結果であり、

宇宙の「力」とは、重力量子の密集収縮の強弱、いわゆる重力密度の濃淡を言うのです。

この事は、

空間でも同じであり、大はブラックホールから、小は原子核を取り巻く自由電子と称するものである。

そして、

「熱」は物質が内包する重力量子に寄生し、あたかも「熱」そのものの様に振舞っているのです。

ここから、

「熱」が温度として振舞う事、それを人間が知覚できる事、そして「熱」が空間を移動する事から考えれば、

宇宙が重力量子の集合体で出来ていたとしても不思議ではない。


デカルト。

重力は見えないし当たり前すぎるので、実存として認識するには発想の転換が必要である。

他方、

宇宙ビッグバンで熱から派生した物質は、実態として捉える事が出来る。

そして、

由来が宇宙外である熱本体は、眼に捉える事が出来ないが、物質に寄生する温度としての冷熱の差で知覚できる。

それでは、

宇宙で生まれた人間が、宇宙外由来の熱を知覚できるのは何故であろうか。

ここで、

デカルトの有名な言葉である「我思う故に我あり」を東洋哲学から考察してみよう。

結論から言えば、

この言葉こそ、人間を宇宙の仕組みから紐解いた至言であり、これが宇宙の本質なのです。

つまり、

「我あり」と認識できる身体は実在として捉える事が出来るが、「我思う」と言う精神や心は眼に捉える事が出来ない。

しかし、

精神や心というものが実在しないと、「身体を身体」と「自分を自分」として認識できないのです。

つまり、

精神や心は人間の眼に捉える事は出来ないが、「何か」として存在しているのです。

一方、

身体が存在しなければ、精神や心は生まれてこないのです。

これが、

宇宙の重力と熱の関係性である、共生と言う宇宙に埋め込まれた遺伝子なのです。

ここから、

人間が熱を温度として知覚できるのは、元をただせば重力量子が持つ引力と呼ばれる「力」なのです。

これを簡略に記せば、

熱が持つ重さを、電子の流れである熱放射という平衡性で脳に信号を送り、重力量子群が「力」で脳を働かせるのです。

この結果として、

脳が多くのエネルギーを消費し、考えると重力の引力作用で頭から汗が噴出する所以であり、

重力が熱をエネルギーとしている証明なのです。

すなわち、

「力」は眼には見えないが、実在するのです。

そして、

眼に見える「物質」と眼には見えない「力」の、いわゆる「二人羽織」の世界が「我思う故に我あり」なのです。

これは、

一般相対性理論と量子力学の関係性こそがデカルトの名言であり、宇宙の本質を見事に捉えているのです。

結論として、

重力の特性である引力作用と熱の特性である平衡作用が、宇宙の「くびき」となり物質世界を支配しているのです。




「力」の定義。

宇宙の「力」とは、重力量子一個一個の収縮程度と、

引力と質量の関係。

引力とは重力量子一個一個の「縮む力」である。

この重力量子の特性は、個であれば収縮、衆であれば密集、やがて群れで渦を作り、最終形は球体である。

これが「宇宙の力」の全てである。

質量とは、

熱の重さを重力量子が伸縮で、いわゆる「力」で表現したものである。

つまり、

我々人間が考える重さとは、引力に引かれる引力の相対的引力差を指すのであり、

宇宙の重さは空間を逆2乗の法則で縮ませ、順2乗の法則で外へ外へと向かう。

この事が、

地球、月、太陽など星々が空間に浮かぶ理由であり、

宇宙の重さは宇宙外が負担し、宇宙内には「力」のみが存在するのです。

この「力」とは、

重力量子一個一個の伸縮状態、いわゆる重力密度の濃淡で表現される。

物質とは、

「熱」を重力量子単位で取り込み、重力の引力作用で押し固めたのものであり、究極に縮んだ重力量子である。

その典型が宇宙ビッグバンで派生した水素原子核である。

空間とは、

重力量子が「熱」をエネルギーとして取り込み、縮む力で群れを為して宇宙の三次元を形成している。

いわゆる、

「重力」は「熱」に場を提供し、「熱」は「重力」にエネルギーを提供する補完関係、すなわち共生である。

つまり、

宇宙には全て共生という遺伝子が埋め込まれている。

そして、

この共生という遺伝子は、相反する作用が一対となって、森羅万象を実態として具現している。

ここから、

「重力」の引力作用と「熱」が由来の物質の平衡作用を一対として考えると、引力と質量も一対を為している。

そして、

この両者を整合させるデバイスドライバは、重力量子である。

空間を例に取れば、

重力量子に内包する「熱の重さ」が重力量子の縮むエネルギーとなり、お互いを引き付けあっている。

つまり、

宇宙は重力量子群で作られた巨大な「吊り橋構造」となっているのです。

以下は次稿にて。






カルマン渦

電子は位相が正反対の外殻で覆われた、熱のゆりかごである。

基本構造は、真ん中に熱の塊である原子核、原子核の周囲を重力渦が密集、

そして、外殻には原子核と対を成すように、マイナス電荷の重力渦、そして原子内に熱を溜め込んでいる。

行動規範が定められた熱と重力の「正」の世界に比べれば、「負」である電子は変幻自在の世界なのだ。


それでは、電磁波や光などの熱放射、熱を原料とする物質の、宇宙での振舞いはどうなのだろうか。

例えば、

炎から発生する熱に発生するカルマン渦が典型だ。

平衡を求めて上昇する熱、それに対して押さえ込もうとする重力。

そして

風力での、つまり大気という物質のカルマン渦も同様だ。

運動エネルギー発生すると、大気物質の原子核に重力の密集収縮が起き、質量が増大する。

押さえ込もうとする空間の重力と、流体としての風力が後から後からと先頭を押し出す。

この時、蛇行しながら、くねくねと空間を移動する。

とまれ、

電磁波や光など熱自体も、熱を原料とする物質も、蛇行しながら空間を移動するのが、宇宙での作法なのだ。








一般相対性理論と量子力学、まとめ編。

我々が目の当りにする物質の振る舞いとは、バックグラウンドである空間の反応次第である。

いわゆる、

空間の反応によって物質、即ち原子核の振る舞いに変化が生じる。

原子レベルの世界では、

空間の反応に対して、物質の反応は敏感である。

その結果として、

空間の反応と原子の振る舞いが変化を繰り返すので、量子力学は出たとこ勝負になる。

いわゆる、

一般相対論の恒星単位のマクロの世界とは訳が違う。

そして、

この宇宙とは、熱と重力の相反する物の二元作用の結果なのである。

つまり、

平衡を旨とする熱由来の物質と、引力を旨とする重力量子の集合体である空間を、一括りすると本質を見失う。

すなわち、

量子力学は局所局所の物質の振る舞い、一般相対論は空間を形成する重力の作用、それぞれを解析する学問なのです。

人間の都合で、

何でも統一すれば良いと云うものでもないが、アインシュタインの真理を求める精神は科学者としての本分であろう。

他方、

近世の錬金術を彷彿させる現代の素粒子学は、膨大な新素粒子の山が築かれる筈である。

この新素粒子を極限まで分解すると、熱と重力量子に分けられ、それより先は無いのです。

そして、

宇宙の力とは、重力量子一個一個の「縮む力」しかないのです。

水素原子とは、

宇宙ビッグバンで重力量子群が引力作用で熱を量子単位で取り込み固めた物が原子核、その時の衝撃波が電子である。

この作用の全ては重力量子一個一個の「縮む力」である。

例えば電磁気力とは、

重力量子群の引力作用で原子を凝集させると恒星になり、その引力作用で原子核が平衡と云う熱放射を起こす。

熱放射は電子と云う熱溜め装置で、電磁気と光と言う波長を持った電子のクローンと成り、空間を浸み込み拡がる。

一方、

原子核から熱と共に空間に放出された重力量子は、原子核を取り巻く重力量子群を玉突きの様に湧出する。

これが「力」となる、

太陽のフレア現象、物質の燃焼によるエネルギー、電動モーター、生命の運動、等々。

そして、

熱とは重力に凝縮されなければ、エネルギーの片棒を担ぐことは出来ないのです。

一般相対性理論と量子力学、後編。

黒子である空間が引力作用で物質の振る舞いを操り、物質は平衡運動で対抗している。

つまり、

一般相対性理論と量子力学は表裏の関係であり、これを東洋哲学から見れば陰と陽の関係である。

ここでウィキペディアの「陰陽」からの引用となるが、

陰陽互根・陰があれば陽があり、陽があれば陰があるように、互いが存在することで己が成り立つ考え方。

 陰陽制約・提携律とも言い、陰陽が互いにバランスをとるよう作用する。陰虚すれば陽虚し、陽虚すれば陰虚する。陰実すれば陽実し、陽実すれば陰実する。

 陰陽消長・拮抗律とも言い、リズム変化である。陰陽の量的な変化である。陰虚すれば陽実し、陽虚すれば陰実する。陰実すれば陽虚し、陽実すれば陰虚する。

 陰陽転化・循環律とも言い、陰陽の質的な変化である。陰極まれば陽極まり、陽極まれば陰極まる。

 陰陽可分・交錯律とも言い、陰陽それぞれの中に様々な段階の陰陽がある。陰中の陽、陰中の陰、陽中の陰、陽中の陽。

この「陽を熱」と、「陰を重力量子」と、置き換えて読めば両者の関係が見事に炙り出される。

例えば、

陰陽互根は重力と熱の共生関係を見事に言い表している。

そして、

宇宙ビッグバンに至る過程は陰陽消長であり、その最終局面は陰陽転化であろうか。

後年、

ニールス・ボーアが、東洋哲学と量子力学の類似性に気付き、東洋哲学に傾倒した事は周知の事実である。

一方、

アインシュタインは本質を惜しくも捉え切れなかった、一般相対論で重力で空間が歪むと喝破したにも関わらず・・

空間とは、

宇宙最小の量子である重力の縮む力が、空間そのものである事に気付かなかった。

この事を理解していれば、

ミクロの世界は天気予報と同じであると理解したはずである。

なぜならば、

地球上のあらゆる地点の重力密度は異なるので、量子力学は局所局所で解析するしか方法はない。

つまり、

宇宙には絶対空間は存在せず、しかも物質や熱の重さで空間は刻々変化する、人智及ばざる領域なのです。


一般相対性理論と量子力学、中編。

自然に対する人智の限界を読み切ったニールス・ボーアの量子力学。

一方、

アインシュタインは重力の謎に敢然と挑み、一般相対性理論を打ち立てる。

しかしながら、

天気予報の様に人間の五感をくすぐる量子力学に対して、

アインシュタイン方程式を理解するには高度な数学的知識が必要であり、一般の人々には取り付く島もない。

更に、

物質の振る舞いは見えても、重力は見えない匂わない触感も無いと言う代物なのです。

そして、

いくら専門家に激賞されても、楽譜から音楽は聞こえてこないのです。

他方、

その空間を東洋哲学で炙り出すと、人間に見えなかった「重力と熱」が鮮やかに浮かび出てくる。

ここで空中高く浮かぶ雲を考える、

地表の水から、水蒸気、霧、分厚く垂れ込める雲、積乱雲、白くたなびく雲の更に上空に出現する巻雲。

この巻雲が出現する上空の高さは、

赤道の低緯度地域では高空に、高緯度地域では低空に、中緯度地域では中間点にそれぞれ出現する。

これが、

「コリオリの力」の正体であり、地表から同じ高度の空でも、引力の強い空間と弱い空間があると言う事になる。

ここで「コリオリの力」を考慮しなければ、

地表から逆2乗及び順2乗の法則で、地球の空間に引力の強さの順に、物質は層を形成する。

そして、

物質の重さが空間を縮ませ「力」を生み出す、つまり空間の重力密度が「引力及び浮力」の強弱を表す。

地球を取り巻く空間を考えれば、

地球の重さが、「空間である重力量子群」を密集収縮させる、いわゆる「縮んだ空間」を作るエネルギーとなる。

具体的に記すと、

地球の重さは、地表面から逆2乗の法則で引力の強弱を付け、順2乗の法則で外へ外へと空間をを移動する。

この行き着く先は、太陽の渦、即ち太陽引力圏である。

この引力圏がアインシュタインの一般相対性理論なのです。

つまり、

空間に物質が出現すると時空が歪む、いわゆる空間には歪む何かが存在するのです。

そこから、

宇宙とは、人智を超えた無限の数量の重力量子群が三次元立体空間を造っているのです。

この事は、

100年以上も前に、マイケルソン・モリーの両名が証明しているのです。

だが、

思い込みが強すぎ、発想の転換が出来なかった。

アインシュタイン自身も、

一般相対論で、空間が歪むと喝破したのであるが、本質を掴み損ね量子力学に苦戦する。

しかしながら、

物質の振る舞いは、「二人羽織」の芸なのです。

つまり、

黒子である空間が引力作用で物質の振る舞いを操り、物質は平衡運動で対抗しているのです。

以下は次稿にて。

一般相対性理論と量子力学、前編。

「コリオリの力」の正体とは、

空間の重力密度分布に物質が「サヤ寄せ」する現象であり、物質の振る舞いは全て空間の反応次第である。

空中に浮かぶ雲は、

状況により千変万化の様相を見せる、すなわち刻々と変化する「雲の将来」を予測するのは確率でしか表せない。

いわゆる、天気予報である。

これが、

ミクロの物質の振る舞いは確率でしか表す事が出来ないと言う、量子力学の根本原理となる。

その上、

物質の振る舞いだけが人間の眼に捉えられるが、空間の振る舞いは人間には見えないのです。

つまり、

電子が取り付いていない物は、人間の眼には捉える事が出来ないのです。

なぜならば、

宇宙ビッグバンで原子核が生成された時の衝撃波が電子であり、その電子が物質世界なのです。

つまり、

人間の「電子の眼」に捉えるには、デバイスドライバとしての電子が取り付いている必要があるのです。

そして、

空間と物質の間でも、重力量子がデバイスドライバの役目を果すのです。

いわゆる、

仮想としての、ヒッグス粒子とヒッグス場の関係である。

話を元に戻すと、

ミクロの世界の物質に、熱と光を加えると、とんでもない現象が起きる。

空間は、

物質の重さで密集収縮する、そして熱と光の重さに反応して、密集合して渦を形成する。

つまり、

空間の大きさ自体が変化する、更に物質に光と熱を加える事により、原子の振る舞いが変化する。

更に更に、

空間の変化と物質の振舞いが相乗して、千変万化の様相を見せる。

そして地表上でも、

熱や水蒸気が空間を上昇すると、「熱の重さ」と「物質の重さ」で、「空間である重力量子」に密集合するエネルギーを与える

それが、

引力と言う「力」になり、様々な現象を引き起こす、台風、ハリケーン、竜巻、などなど。

これが、

ニールス・ボーアが読み切った量子力学の世界なのです。

以下は次稿にて。

向心力の強弱が生み出す「コリオリの力」を考察する。

なぜ、地球は赤道付近が膨らむ楕円体をしているのか、

地球は、

太陽の重さの一部を負担する事になるが、太陽からの重さは円を描きながら、真っ先に赤道付近に到達する。

この重さは、

地球が球体であるので、太陽の重さは、まず赤道付近から徐々に南北の極に達する。

すると、

赤道付近が太陽の重さを真っ先に受けるので、結果として赤道付近の引力が一番強くなる。

この事は、

月に因る潮汐力と同じであり、水面の上昇は円形を描きながら、地球と月の最短距離から始まる。

ここで太陽圏の概略を記すと、

太陽の重さが外へ外へと向かうエネルギーで重力量子群が密集収縮して太陽圏と云う渦を形成する。

この渦が「力」の本体であり、地球の自転公転の原動力となる。

そして、

地球内部から「引っ張る力」は、受ける重さに比例するので、地表面の空間の重力密度分布は両極に向かうに従い弱くなる。

この空間の伸縮状態、いわゆる重力密度の濃淡に拠り、

地球内部と地球空間を取り巻く物質は、この重力密度分布に従い、位置を変化させるのです。

つまり、

向心力と表現される重力の引力作用の強弱が「コリオリの力」の源である。

「コリオリの力」とは、

地表上の空間を形成する重力量子の密集収縮度、即ち重力密度分布に従う物質の振る舞いであり、正しくは現象なのです。

この事は、

竜巻が物質を空間に巻き上げる現象を見れば理解出来ると思われる。

すなわち、

遠心力も「コリオリの力」も物質の振る舞いを表す言葉であり、

その実態は、

空間を形成する重力量子の「縮む力」が黒子役を演じる、重力と物質に拠る「二人羽織」と言う芸なのです。

以下は次稿にて。

重力が作る空間に寄生する物質世界。

前稿、前々稿の補足説明になるが、

地球の引力が強くなると、物質は持ち上がると表現した。

一例を挙げると、

月に拠る潮汐力とは、月の引力が作用するのではなく、月の重さが地球の引力を強める事により引き起こされる。

この現象を簡略に記すと、

熱や物質の重さは外へ外へと向かうので、月の重さの一部を地球が負担する事になる。

すると、

その負担分だけ地球の質量は増すので、地球の引力は強まる。

これは、

アインシュタインの一般相対論の物質が出現すると空間が歪む、と言う原理から導かれる。

正確を期すれば、

空間を形成する重力量子群の密集収縮度が強まる、と言う事なのです。

つまり、

熱や物質の重さが、重力量子群の密集収縮度を強めるエネルギーと言う事になる。

そして潮汐力とは、

空間の重力密度が高まった面まで、海水面が持ち上がると言う二次的現象なのです。

地球の反対側にも同じ潮汐力が出現するが、

これは以下の理由である、

月の重さの一部を負担すると言う事は、見掛けにおいて地球の質量が増加した事になる。

そして、

地表面に掛かる月の重さは地球中心部に集約され、そこから正反対側に対称な引力が地表面に掛かる。

結果として、

月の重さを分を加算された地球の引力は、通常よりも縮んだ空間を形成する、即ち重力密度が増加する。

つまり、

月と相対する海水面と同じ様な潮汐力が、地球の真裏の海水面でも生じる。

そして、

地球裏面側の空間を歪ませた「力」の代償として、「重さ」は光が拡がる様に更に外へ外へと向かうのです。

すなわち、

地球の表裏に対称な潮汐が引き起こされる理由は、以上の様な理由である。

月、太陽、銀河など外因による地球重力発生環境は、月の潮汐力と全く同じ原理が働くのです。

そして、

地球は南北を自転軸としている球体なので、地球以外の影響を最も強く受けるのが赤道付近である。

以下は次稿にて。

地球に働く「力」は向心力だけである。

前稿より続く、

 ニュートンは遠心力が働くので、自転軸に対して垂直の赤道側が膨らむはずであると睨んだ。

しかし、

本当に地球に遠心力が働くのか、

「逆2乗の法則」と「順2乗の法則」からすれば、地球中心部の引力総量と地球表面の引力総量は等しいのです。

つまり、

地表における単位面積当りの引力は、地球中心部に比べ、極端に弱いのです。

遠心力とは、

引力に打ち勝って、外方向に向かう力であるが、地球の引力に打ち勝つ遠心力とは、途方も無い「力」が必要なのです。

つまり、

地表に遠心力と謂うものが働くとすれば、我々は空間に放り投げられてしまうのです。

すなわち、

遠心力は全く発生しない上、遠心力とは「力」ではなく、現象を表す言葉なのです。

この事を、逆2乗のオーソリティーである、

ニュートンが理解出来ないはずは無く、なぜ遠心力で地球は横長であると、結論付けたのだろうか。

これは空間の捉え方になるが、

アリストテレスに連なるデカルトまで、殆どの学者は空間には何かが有ると云う認識であり、

それが、エーテルである。

これに対して、

異議を唱えているのは、ニュートンとアインシュタインである。

そこでニュートンは、

エーテル否定の立場から、地球の形状の問題を解くには、遠心力だけが唯一の物理めいた論理構築の主柱にならざるを得ない。

つまり、

地球が遠心力で膨らむと言う説しか取れないのです。

しかしながら、

ニュートンは実験の人である、地球の中心部は必ず膨らむと確信を抱いていた筈である。

この時、

ニュートンは矛盾を感じた事であろう。

球体が自転する時は、向心力しか発生しないにも関わらず、なぜ中央部が膨らむのか・・と。

そして、

後年エーテルは存在するのではないかとの思いが募るのです。

同じく、

アインシュタインも後年、「とある現象」について独白するのです、これは空間そのもの特性であろうか・・と。

つまり、

エーテルの存在に疑義を呈していた二大巨星は、空間には何かが有ると考えるようになるのです。

そして、

現代でも、デイラックの海、ヒッグス場、超紐理論、ダークマター、全て空間には何かが有ると考えられ始めている。

これら全てを、

重力量子群と読み替えれば、宇宙の全ては氷解するのです。

そして、

森羅万象は何一つ齟齬を来たす事無く説明が付くのです。

以下は次稿にて。


渦動説のデカルトと遠心力のニュートン

 前稿でデカルトがニュートン先生に痛い所を突かれたと記した。

同世代ではないので、ニュートンが論陣を張ったのだろうが、

この問い掛けとは、

地球の形は縦長なのか横長なのか、これでデカルトは一敗地にまみれた。

しかし結論から言えば、

答えは間違ったが、「宇宙の真理」に近付いたのはデカルトであり、最後の最後を「一捻り」しそこなっただけなのです。

ニュートンは、

答えが合っていると言うだけで、物理法則に則らない論理を組み立てる。

これは、

思い込みで謂ってしまったものと思われるが、逆2乗のオーソリティーとしては迂闊であった。

まずデカルトは、

地球は何ゆえ自転公転しているのだろう、地球が自転公転するのは、何らかの「力」が作用するはずである。

この答えとして渦動説を唱える、

空間を充たす「エーテル」が、地球を圧し付ける「力」が働いている、これが自転公転できる理由である。

そこから、

エーテルが渦を作って地球の周りを包み込んでおり、その渦と一緒に地球を回している、と言うモデルを作り上げた。

そうすれば、

エーテルは地球の赤道上を垂直に押し付けているので、地球は縦長なはずである。

デカルトの想定した、

地球を圧してる迄は良いのだが、圧された地球が取る反応を読みきれなかった。

地球がエーテルに圧された結果、

地球内部のエーテルの「力」が強くなり、地球を構成する物質が持ち上がったと考えれば正解であった。

つまり、

エーテルは空間にも物質にも入り込んでいると捉えれば、この答えは出てきたはずである。

この事は、

月の潮汐力と同じであり、星や物質が宇宙に浮かぶ、すなわち浮力の原理から導かれるのです。

つまり、

「重さ」は外へ外へと、「力」は内へ内へと、そして「重さ」が「力」を生み出し、その「力」で物質に浮力を与えているのです。

重さとは、

熱が有する存在の証であり、その得意とするところは平衡であり、重さも光も果てしなく拡がり続けるのです。

そして、

エーテルと空間を、「重力量子群」と読み替えれば、宇宙は簡単に理解出来るのです。

以下は次稿にて。




「くびき」を振り解いた特殊相対性理論。

巨匠アインシュタインが20代半ばの年齢で発表した特殊相対性理論。

これ以前の空間認識は「エーテル様」と言う、光や電磁波を透過させる媒質が空間を充たしているとされていた。

それは、

アリストテレスの自然学に端を発し、それに連なるデカルトは、空間の本質に後一歩の所まで到達している。

ここに、

東洋哲学と言うエッセンスを調合すれば、デカルトが空間の本質を捉えていたはずである。

ただ、

本質を捉えきれずに、ニュートン先生に痛い所を突かれてしまう。

話は前後するが、

マイケルソン・モリーの両名が、この「エーテル様の媒質」の検出を目論んだ。

だが検出は出来なかった。

ここで、

若き巨匠が、

エーテル不要の理論を構築した。

世間は飛びついた、

なぜなら、

エーテルの「くびき」と言うよりは、重力の「くびき」を取り払ってしまったのだ。

我々を覆う、

場を担う者が保持する権力と云う、「秩序」を破壊してしまったのですから。

つまり、

守るべき物理の作法は無くなり、何でも有りの宇宙百家争鳴の時代がやって来たのです。

とまれ、

エーテル検出が不調に終った結果を「無い」と飛躍してしまったのは、巨匠若さゆえの衝動であったのかもしれない。

のちに巨匠は、

神業とも呼ぶべき一般相対性理論を打ち立てたので、特殊相対論はご破算としなければいけなっかったはずである。

何故ならば、

特殊相対論と一般相対論は両立しないのである。

以下は次稿にて。

空間側から見た特殊相対性理論。

巨匠アインシュタインの特殊相対性理論は、正しいのか正しくないのか・・

数学的見解では、

キッチリ数字合わせをしているので正しい、いや座標の取り方に誤りがある・・

そして、

人間の感覚では、ローレンツ変換にどうしても付いて行けない、と考える方も多いと思われる。

繰り返しの記述になるが、

光の運動とは、熱の重さに「空間を形成する重力量子」の縮む反応と、熱の平衡する反応である。

つまり、

重力と熱の反応次第であり、光固有の速度は無いと言う事なのです。

例えば、

重力量子の塊であるブラックホールに光が突入すると、光は大きく拡がりながら、あっと言う間に熱に変換されて、重力の餌食となる。

これが、

赤方偏移、すなわち重力レンズ効果の原理なのです。

つまり、

光の実態は熱であり、現在知られている光の認識とは隔たりがある。

一方、

物質がブラックホールに捕縛されると、ドンドン縮小されて、最後には熱と原子核に分解されてしまう。

以上の事から、

光は空間である重力量子に滲み込みながら熱平衡運動をするが、

物質は空間の抵抗を受け重力量子群が纏わり付く。

すなわち、

熱は宇宙外が起源であり、物質とは宇宙内が起源であり、全く別物であり比較する自体が無理なのです。

つまり、

人間の思考が優先する学問上では正しくても、宇宙の本質から見れば論理自体が成り立たないのです。

この事を東洋哲学の観点で捉えると、

重力量子群の行動は表裏一体であり、物質をいかに熱に変換しようかと目論んでいるのです。

これが、

物質から見れば引力であり、空間側か見れば浮力であり、その実態は餌に群がる「殻の群れ」なのです。

ここから読み取れる事とは、

重力の意思は我々人間と同じなのです、と言うよりは重力の意思が人間を差配しているのです。

つまり、

この宇宙とは重力量子の世界であり、我々も重力量子の塊であり、重力量子群の中で生きているのです。

そして、

人間は重力の最高傑作なのです、

生命は、物質を燃えやすいように変化させ、最後は人間がドンドン熱に変換してしまうのですから・・

本稿のまとめとして、

人間を知る事が宇宙を知る事になり、人間の営みを探求し尽くす東洋哲学こそが、森羅万象を紐解けるのです。

以下は次稿にて。







親の心、子知らず。

宇宙とは、重力と熱の二元作用の結果であり、物質はこの両者の「くびき」からは逃れられない。

ところで、

水を熱すると水温が上昇してお湯になるが、どんな作用が水温上昇を引き起こすのか。

物質に熱を加えると温度は上昇する、当たり前の事である。

だが、

東洋哲学の観点からすると、宇宙の真理には届かない。

この水温上昇の直接の実行者は、重力量子群である。

まず、

物質が燃焼すると、熱と重力量子群が開放されるが、重力量子群は空間を玉突きの様に開放される。

一方、

熱は空間である重力量子群を占有しながら上昇して、水の容器と水の内部に存在する重力量子群に滲み込む。

すると、

重力量子群は熱の重さに反応して密集収縮するので、重力密度の濃い空間を形成する。

すなわち、

熱を重力量子群が抑え込む現象であり、熱の平衡特性と重力の縮む力である引力特性なのです。

これが、

熱による水温上昇の仕組みなのです。

この一例として、

水で洗濯するよりも、お湯を使う方が汚れが落ちやすい、すなわち重力密度が濃い方が「力」が強い。

いわゆる、

宇宙の「力」とは重力量子一個一個の縮む力であり、それ以外の「力」は存在しないのです。

そして、

内側から押し広げる時は、熱の平衡する特性を使うのであるが、熱は重力に凝縮されなければエネルギーにはならない。

この事が、

物質に息吹を与える、プル・プッシュであり、呼吸、心拍、いずれもプッシュ・プルなのです。

熱と重力に拠る二元作用の結果として、

超新星爆発で原子の融合に拠る、新しい物質が出現する多様性と、

熱飽和に拠る、原子から重力量子群が湧出する、即ち宇宙に新しい場の発生を引き起こす現象と、

熱溜めである電子の特性が、宇宙における生命発生の基本原理となる。

あとは、

環境と材料が整えば、長い年月に亘り繰り返される二元作用で、生命誕生は可能になるのです。

糖尿病は超新星爆発に似たり。

原理は同じなのです。

物質が燃えると、物質内に内包されていた重力量子が、熱と共に空間に湧出するのです。

そして人体に措いても、

過大に取りすぎた糖分が血管内で燃焼して、熱と共に開放された重力量子群が血管を傷付けるのです。

一方、

超新星爆発も、極限まで押さえ込まれた熱が平衡という名の爆発的膨張を引き起こす。

その時に開放されるのが、熱を物質として押さえ込んでいた重力量子群なのです。

つまり、

重力量子とは、「力」と「空間」を併せ持つ、プロモーター兼フィールドプレーヤーなのです。

この重力開放とは、

電磁波や光の発生、いわゆる原子核からの熱放射に伴う現象であり、身近な例では太陽フレアである。

地球上でも、

化石燃料、核燃料、発酵、体内燃焼など、熱の開放と共に重力量子群が開放される。

宇宙ビッグバンで、

重力量子群が熱を一極に押し込めたエネルギーが宇宙の全てのエネルギーであり、その一部が水素原子核となる。

それは、

重力量子が量子単位で膨張する熱を取り込み、引力作用で押し固めた水素原子核である。

その原子核から、

熱と共に重力量子が開放され、空間を構成する重力量子群に玉突きの様に力が伝達される。

一方、

原子核から放射された熱は、重力量子群に滲み込む様に外へ外へと伝播する。

太陽フレア現象とは、

太陽の奥深くから重力量子群が熱と一体となり、太陽表面の電子を剥ぎ取りながら湧出する現象である。

これは、

ダイバーのボンベから泡が浮き出るように、徐々に大きくなりながら空間に湧出する感覚であろうか。

この重力量子とは、「力」そのもであるので破壊力は抜群である。

やわらかい血管はひとたまりもない、

怖いですね、恐ろしいですね、あっと言う間に、サヨナラ、サヨナラになる・・

だが、

この現象を引き起こす原理は、地球上の生命誕生に大きな役割を果たすのです。

以下は次稿にて。


アミノ酸は地球環境下の産物です。

   千変万化を旨とする「水分子」が「場」いわゆる地球環境の引力を獲得すると、ある環境の下で炭素原子と反応しアミノ酸が生成されます。宇宙では水分子は岩石の固着剤として存在します。因みに酸素原子核が電磁放射で質量減を起こし励起不能になった物が窒素と呼ばれます。 森羅万象の解明には宇...